第10回定期演奏会プログラム

本日は、フィエスタ・ウィンドシンフォニー第10回定期演奏会にご来場いただき、誠にありがとうございます。

ご覧いただくみなさまへの感謝の気持ちを込めて、演奏いたします。最後までごゆっくりとおくつろぎください。

本日の演奏プログラム

曲名をクリックすると紹介文をご覧頂けます

(文責:横山裕也)

第1部

フィエスタ・ウィンドシンフォニー、記念すべき第10回定期演奏会の第1部では、当楽団の母体である「早稲田吹奏楽団(ワセ吹)」の定期演奏会で過去に取り上げた曲の中から、4曲をお送りする。

 高昌帥(こう・ちゃんす)(1970-)は、大阪府出身の作曲家。2002年の吹奏楽コンクール課題曲、『吹奏楽のための「ラメント」』で注目を浴び、それ以降も大阪音楽大学で教鞭を取る傍ら、吹奏楽のための作品を数多く生み出している。特に近年、吹奏楽コンクールでは毎年必ず、高氏の作品が自由曲として取り上げられるなど、日本を代表する吹奏楽作曲家の一人である。当楽団では、第8回定期演奏会で『吹奏楽のための風景詩「陽が昇るとき」』を取り上げている。

この曲は、兵庫県の西宮市吹奏楽団の創立50周年記念委嘱作品として、2014年に作曲された。タイトルの「バラッド(ballad)」は、語り・劇的な会話・叙情詩の要素を併せ持つ民謡の一種のことを指したが、14世紀には物語的な独唱歌曲を指す一般的な名称となり、更に19世紀になると「Ballade(バラード)」として、物語的な様式の器楽曲のタイトルとしても用いられるようになった。作曲者によると「架空の英雄譚のようなイメージを持ちながら作曲したので、このようなタイトルとしました。」とのこと。

曲は、大きく分けると 緩~急~緩~急~緩の5部から成り、冒頭トランペットによって提示されるソロ旋律、作曲者の言葉を借りれば、「不屈に立ち上がる4度・5度跳躍モティーフ」、西洋舞踏音楽の「タランテラ※1」と韓国伝統音楽の「チャジンモリチャンダン※2」を混合したようなリズムを持つ急速部、束の間の安らぎをもたらす叙情旋律の4つの音楽的要素が組み合わさって作品が構成されている。

 数ある高作品の中でも人気があり、吹奏楽コンクールの自由曲として取り上げられることも多い。時にエネルギッシュで、時に叙情的な「英雄譚」をお楽しみいただきたい。

※1「タランテラ」は南イタリア起源のテンポの速い舞曲。8分の6拍子が基本で、名前の由来はイタリア南部の地名タラントからという説と、毒グモのタラントゥーラに噛まれた時、この踊りを踊ると治るという伝説からという説がある。ショパンやリストなど、数々の作曲家がタランテラのスタイルで曲を残している。

※2「チャンダン(長短)」とは、朝鮮伝統音楽に用いられる独特なリズムパターンで、高作品の多くに登場する。チャンダンには多くの種類があり、本作で用いられている「チャジンモリチャンダン」は、4拍が基本となっているものの、その4拍の1拍ずつがさらに3分割されていて、とても速い12拍とみなすこともできるリズム(「チャジンモリ」は「頻繁に追い立てる」という意味)。一人の歌い手が鼓手の太鼓のリズムに合わせて物語を表現する、朝鮮の伝統的民俗芸能パンソリでは、悪人を退治するヒーローが登場する場面や、戦闘シーンなど、緊迫した場面でよく使用される。

 作曲者のジェームズ・バーンズ(1949-)は、アメリカ合衆国オクラホマ州出身の作曲家。吹奏楽界を代表する作曲家の一人で、数えきれない程の名作を生み出している。当楽団第1回定期演奏会で取り上げた『アルヴァマー序曲』のようなスクールバンド向けの親しみやすい作品から、第4回定期演奏会で取り上げた『交響曲第3番』のような重厚な作品まで、その作風は多岐に渡る。現在もなお精力的に活動し、現代吹奏楽界の重鎮である。最近では、作曲以来バーンズ自身の意向で長らくお蔵入りとなっていた『交響曲第1番』が49年ぶりに改訂され、オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラの演奏会で取り上げられたことが話題となった。また、親日家としても知られ、これまでに国内の吹奏楽団からの委嘱を受け、多くの作品を発表している。来日して日本の吹奏楽団による自作曲の演奏の指揮を行うことも多い。

 この曲は、ペンシルヴァニア州ピッツバーグにあるノース・ヒル高校バンドと、その指揮者ワーレン・マーサーの委嘱で1985年に作曲された。バーンズ氏の代表作の一つで、日本での演奏頻度も高い作品である。

 曲は、荘厳な導入を経て、ホルンによって憂いに満ちた第1主題が歌われる。この旋律は木管楽器に受け継がれ、曲は進んでいく。中間部では、オーボエにより牧歌的な第2主題が演奏され、この旋律が徐々に明るさを増し盛り上がっていき、クライマックスを迎えたところで、曲は全休止し終結部へ。ピッコロ、フルート、アルトサックスによる冒頭の旋律に、トランペットによる対旋律(第1主題のモティーフ)が加わり、再びホルンが第1主題を断片的に演奏し、曲は静かに幕を閉じる。

 輝かしく、明るい音色を特徴とした曲が多い吹奏楽曲の中で、この曲は息を使う管楽器特有のあたたかな音色が特徴的で、バーンズ氏の幅広い音楽性を感じることのできる作品。

 福島弘和(1971-)は、群馬県出身の作曲家。1998年度吹奏楽コンクール課題曲『稲穂の波』、2000年度吹奏楽コンクール課題曲『道祖神の詩』を始め、幅広い層に親しまれる作品を多く生み出していて、毎年数多くの団体が福島作品をコンクールの自由曲として取り上げるなど根強い人気を誇っている。当団の母体、早稲田吹奏楽団でも福島作品を多く取り上げていて、団員にも馴染み深い作曲家の一人である。

この曲は2012年、春日部共栄高等学校の委嘱によって作曲された。福島氏は、同校の委嘱によって、2009年に『ラッキードラゴン~第五福竜丸の記憶~』を、2010年には『シンフォニエッタ第2番「祈りの鐘」』(当楽団第4回定期演奏会で演奏)を作曲していて、この作品は福島×春日部共栄の3作目にあたる。

 この曲について福島氏は次のように述べている。
「なるべくすべてのパートやセクションが主役になれるように書いた曲です。冒頭~、3小節目~、35小節目~、が、この曲を構成している主な主題の要素になっております。調性記号は書きませんでしたが、無調性ではなく、小節毎で変化してゆく様な調に設定してありますので、その変化の色彩感を大切にしてください。」

 曲は緩~急~緩~急の4部構成。まず、冒頭に登場する木管楽器による跳ねるようなモティーフと、3小節目に登場する上昇音型を伴うモティーフが中心となって曲は進んでいく。木管楽器に金管楽器が加わり、一度盛り上がりを見せると、今度は金管楽器が主体の旋律が3拍子で朗々と歌われる。冒頭、3小節目のモティーフ、そしてこの旋律が、この曲を構成している主な主題の要素となっている。その後、曲は8分の6拍子の快速部へ。軽快なリズムに乗って先ほどの要素が様々な形に変化し、演奏される。続く緩徐部では、これまでのモティーフを基にした旋律がゆったりと歌われ、少しずつ楽器の数を増やし、盛り上がっていく。一度クライマックスを迎えると、今度は4分の4拍子で先ほどよりもテンポの速い場面へ。今までに登場した様々な旋律が入れ代わり立ち代わり現れ、最後は全合奏で輝かしくエンディングを迎える。福島氏の述べるように、すべての楽器に見せ場のある、まさに「協奏交響曲」というタイトルにふさわしい作品となっている。
 ちなみに、早稲田吹奏楽団では2014年にこの曲を吹奏楽コンクールの自由曲として取り上げ、団として初めてコンクール都大会への出場を成し遂げた。当時、現役として演奏に参加していたメンバーも本日の演奏に多く参加しており、団員にとっても思い入れの深い曲となっている。

井澗(いたに)昌樹(1980-)は、兵庫県出身の作曲家。2008年の吹奏楽コンクール課題曲『火の断章』をきっかけに、吹奏楽の分野でも活躍するようになり、他の作曲家とは一線を画した特徴的な響きを持つ作品を生み出している。当楽団では、第5回定期演奏会で『愛の祭壇』を、第8回定期演奏会で『Bye Bye Violet 』を取り上げている。

 この曲は兵庫県立伊丹高等学校吹奏楽部の委嘱によって2011年に作曲され、早川嘉彦指揮、同校第90 回定期演奏会において初演された。この曲のスコアに井澗氏は次のように記している。

人の生とは、一体何だろうと考える。美しいものに心を震わせることだろうか、そうでないものを排除することだろうか。愛することだろうか、後悔することだろうか。ほんの一瞬の衝動で大切なものを壊してしまったり、素直になれなかっただけで、多くのものを失ってしまったり・・。心に生まれる、あらゆる想いの混在を見つめることは、とても息苦しい。そんな戸惑いが、いつだって我々の胸を締め付けている。

内に向かうものばかりではないだろう。笑いながら、他人を傷つけることが出来る生物は人間だけだ。泣きながら、他人を祝福出来る生物もまた、人間だけだ。

判然としない小さな感情の積み重なりはやがて、とりとめのない極彩色の渦となり、時を押し流してくれるのだろう。」

また、この曲を委嘱した伊丹高校吹奏楽部について次のように述べている。

「僅か2年のうちに、私の吹奏楽作品のほとんどを演奏して下さった同校の演奏を聞く度に感じた私の印象は、真っ白な意思の結晶。白とは無彩色だが、決して彩が無いのではなく、“全てを均等に含んでいる状態” が正確な表現。それは未分なカラフル。彼ら彼女らの未来はどのような色合いになるのだろうと、そんな事を考えていた。」

 曲は、大きく緩~急~緩の3部構成。強烈な全合奏で幕を開けると、クラリネットやホルンによって、この曲の主題が歌われる。この主題と後に続く木管楽器の旋律が核となって曲は進んでいく。「判然としない小さな感情」のように、様々な旋律、異なるリズムや異なる調性が、複雑に絡み合いながら展開していく様は時に儚く、時に暴力的でさえある。エンディングでは、それぞれの楽器の音色やリズムが混ざり合い、濃密な音の渦となっていくが、最後はすべての楽器が1つの音(C♭、ドのフラット)に集結し、曲は閉じられる。

 吹奏楽で使われる楽器の魅力を存分に感じていただける、第1部の最後を飾るにふさわしい作品となっている。

第2部

 第2部では、早稲田吹奏楽団常任指揮者の竹内公一氏を客演指揮にお迎えし、吹奏楽界を代表する作曲家、フィリップ・スパークの作品を2曲お送りする。

 フィリップ・スパーク(1951-)は、イギリスの作曲家。ブラスバンド(金管バンド)や吹奏楽のための作品を多く書いていて、日本でも人気が高い作曲家の一人である。当団では過去に『祝典のための音楽』、『オリエント急行』(それぞれ第1回定期演奏会)、『宇宙の音楽』(第2回定期演奏会)、『ウィークエンド・イン・ニューヨーク』(第9回定期演奏会)を取り上げている。

 この曲は、ワシントンD.C.のアメリカ合衆国陸軍野戦部隊軍楽隊の50周年を記念して委嘱され、1996年に同軍楽隊のジャック・H・グローガン・ジュニア大佐の指揮で初演された。

 曲名の「フィエスタ」はスペイン語で「祝祭」の意味。曲は吹奏楽では一般的な急~緩~急の3部構成で、木管楽器や打楽器の軽快なリズムに乗って、サックスやホルン、ユーフォニアムによるテーマで煌びやかに幕を開ける。そのテーマは他の金管楽器に受け継がれ、曲は祝祭的な雰囲気で進んでいく。中低音楽器による力強い旋律を経て、今度は木管楽器主体の場面へと移り変わる。短いブリッジを経て、ゆったりとした第2主題が木管楽器によって歌われ、チューバやクラリネットのソロをはさみ、緩徐部へ。サックスやホルン、木管楽器が朗々と旋律を奏でる。やがて、曲の前半部が再現され、第2主題がバンド全体で演奏され、一気呵成に幕を閉じる。

 フィエスタ・ウインドシンフォニーの創設メンバーが、早稲田吹奏楽団を引退する演奏会のオープニングで演奏した曲が本曲であり、当団の楽団名の由来となった大切な曲である。第1回定期演奏会以降、第5回、第7回定期演奏会を除くほとんどの演奏会で、アンコールとして本曲を取り上げてきたが、本日は本プログラムとして、竹内氏と当団の記念すべき初共演の1曲目としてお送りする。

 第1楽章 1733年2月12日 ヤマクロー岬

 第2楽章 コットン・ジン(綿繰り機)

 第3楽章 生まれ、また生まれ変わる街

 

 この曲は、アメリカ合衆国ジョージア州サバンナにあるアームストロング・アトランティック州立大学の創立75周年を記念して委嘱され、2010年に作曲された。サバンナは州南東部に位置する港湾都市で、1733年にアメリカ初の計画都市として建設された。ジョージア州最古の都市で、かつては綿花の貿易港として発展し、現在では歴史的な街並みや建築物を再生・保存した観光都市としても栄えている。スパーク氏は初めてサバンナを訪れて以来、街の魅力に惹かれ、大学の重要な節目を祝うとともに、アメリカの歴史上初の計画都市とその歴史を称える一曲となる作品を手掛けることを大変喜んだとのこと。

 本作品については、スパーク氏がスコア序文に詳細な解説を掲載しているので、引用する。

「数々の戦によって生まれたアメリカの多くの都市とは異なり、サバンナという街は争いの果てに築かれたものではない。イギリスの将軍ジェームズ・オグルソープは、大人・子どもを含む総勢114人の入植者を乗せたガレー船アン号で大西洋を横断し、1733年にヤマクロー岬に上陸した。彼は先住民であるクリーク族に迎えられ、その地に定住する許しを得た。やがて彼と先住民たちとの長きに渡る協力こそが、新たな植民地開拓を成功へと導くこととなる。そんなサバンナの街の基盤は当時としては啓発的なものであった。奴隷・酒は禁じられ、クリーク族と移民たちの間では平和を維持する法律が敷かれた。対立の原因となるため、人を裁く弁護士の存在も許されていなかった。急成長を遂げる街には、母国イングランドで生活が困難となった多くの人々が迎え入れられた。第1楽章「Yamacraw Bluff, February 12 th , 1733 /1733年2月12日 ヤマクロー岬」は、移民たちの苦しい航海、その後の啓蒙的な都市建設の精神、そして成功に満ちた植民地の形成を描いている。

サバンナでの奴隷の禁止は1750年まで維持されたが、その後、サバンナの主要な輸出品である米と綿花の栽培に従事させる目的で奴隷たちが街に連れてこられた。独立戦争後、1793年にイーライ・ホイットニーが発明した綿繰り機によってサバンナの綿産業は急速に拡大した。生産量は年間1,000バレルから90,000バレルにまで増加したが、これにより奴隷たちはより単調で過酷な生活を強いられるようになった。日中は畑で綿花を摘み、夜は綿繰り作業に追われる毎日である。第2楽章は綿繰り機を動かす音で始まり、その反復的で単調な様子を表現している。途中、遮るように登場するのは、自由を乞い願う奴隷たちが口ずさんでいた黒人霊歌「Steal Away/逃れん」である。だが、絶え間なき綿繰り機の音が再び聞こえ始め、楽章は悲痛な黒人霊歌が遠くで聞こえるようにして幕を下ろす。

サバンナの栄光の証の1つに、19世紀の建築が挙げられる。1820年に街全体が大火に見舞われた後、建築家、中でもウィリアム・ジェイは、オーウェンズ・トーマス邸、スカボロー邸、テルフェア・アカデミーなどの傑作を造り上げた。南北戦争に突入すると、焦土作戦の一環であり、物議を醸した1864年のシャーマン将軍の「海への進軍」により、ジョージア州は推定1億ドル以上の損害を被った。だが幸いなことに、サバンナの建造物は南北戦争中も破壊を免れる。当時、62,000名もの北軍兵士がアトランタからサバンナまでの300マイルを行軍した。彼らはその年の12月にサバンナの郊外に到着したが、市長のR・D・アーノルドは市民と財産を守るという約束と引き換えに市の降伏を申し出たのである。シャーマン将軍は後にリンカーン大統領へのクリスマスプレゼントとしてこの街を差し出した。20世紀に入ると、ヒストリック・サバンナ財団(Historic Savannah Foundation)が大規模な建造物保存計画を実行し、サバンナは現在ではアメリカ最大規模の歴史的建造物地区を誇っている。最終楽章「A City Born and Reborn /生まれ、また生まれ変わる街」は、この見事な建造物の存続に敬意を表しつつ、「Marching through Georgia /ジョージア行進曲」のフレーズを用いて1864年のシャーマン将軍の到着の様子を描いている。真の勝利の証は、その後の都市の修復と活性化によってもたらされた今日の光溢れるサバンナの街なのであろう。最終楽章は、平和と未来への希望とともに穏やかに去ってゆく。」(翻訳:横山朋子)

 数あるスパーク作品の中では、残念ながら演奏される機会が多いとはいえない本作品ではあるが、スパーク氏の魅力が存分に詰め込まれた作品となっている。サバンナの長い歴史に思いを馳せて聴いていただければ幸いである。